ポケトークがあれば、深く傷ついた心に寄り添うための母国語での会話ができる
ウクライナからの避難者が来日し始めた2022年3月より議論を重ね、5月2日に開設された「ウクライナ『心のケア』交流センター ひまわり」。こちらのセンターでは、ポケトークが重要な役目を担っています。代表の浮世満理子さんは一般社団法人全国心理業連合会(全心連)に所属する「話を聴くプロ」として、「何事を成すにも心の健康がベース、戦争という非常に大きな惨事ストレスを癒すための心のケアには母国語が重要」と、ポケトークを活用してさまざまな背景を持つウクライナの親子をチーム一丸でサポートしています。ポケトークがあるからできる取り組みの数々と、実際に元気を取り戻していくウクライナの人々の様子などを伺いました。
「子どもは宝」というウクライナの希望をポケトークでサポートしたい
──「ウクライナ『心のケア』交流センターひまわり」開設の経緯をお聞かせください。
ウクライナ侵攻が2022年2月にはじまり、最初の避難民の方が3月に来日されました。そのころからどんな支援ができるかを考え、全心連にてミーティングを重ねました。3月の時点でウクライナ人スタッフの募集をはじめ、実際にカタチになってスタートさせたのが5月でした。ただ、もともと全心連とウクライナとの間に接点があったわけではなく、大阪経済法科大学でウクライナの言語と文化を研究されている片岡浩史教授からお話を伺ったことが一つのきっかけになりました。
――どのようなお話しだったのでしょう?
非常に印象的だったのが、「ウクライナには子どもを本当に大切にする文化がある」ということでした。どこの国もそうだと思いますが、それでも日本の感覚とは比べものにならないほど、ウクライナの人々は子どもを宝として、国の財産だと考えているといいます。だから、いま戦っているウクライナの人々は、自分のためではなく子どもたちにどんな国を残せるかをかけて戦っているんです、と。日本に避難する方々は文化レベルが高く、日本に興味があるから、日本が好きだから、日本を選んで避難されてこられています。渡航費は基本自費なので、よっぽど日本が好きでなければ来ません。帰国しやすい隣国のポーランドなどではなく日本を選ぶ方々は、日本に特別な思い入れがあります。そうした思いで来日した避難者の子どもたちがストレスから鬱になってしまったり、最悪は自分で自分を傷つけるようなことがあったりするものなら非常に悲しいことです。ウクライナの子どもたちを、サポートすることは、ウクライナの将来の希望そのものをサポートすることなのです。
――避難されてきたウクライナの人々の現在の状態はいかがですか?
避難から2カ月ほど経ち日本の生活に慣れてくると、やはりフラッシュバックが起きたり、精神状態が非常に不安定になったりする子どもたちが出てきています。戦争ストレスというものは、辛いという言葉以上に心を苦しめるんですね。わたしは阪神淡路大震災の被災者です。日本には阪神淡路大震災、東日本大震災、豪雨災害などさまざまな被災から復興してきた経験があります。非常に大きな痛みを伴うトラウマやPTSDにわたしたち日本人は向き合ってきました。そしていま、ウクライナの方々に対面していますが、傷ついた子どもたちの、言葉にならないストレスのケアの重要性を感じています。
――東日本大震災の際には、全心連が発起人となって被災地ボランティアプロジェクト「チームジャパン300」も立ち上げられました。そうしたご経験から、いまどんな支援が必要とお考えでしょうか?
人は、心が元気ならなんとか生きていける、どんな状態でも心さえ元気であればという思いがあります。どんなに状況がよくてお金があっても、心が折れたらなんにもできなくなってしまうのです。わたしたちは日本の震災などに関わってきた心の専門家チームとして、なんとしても「ウクライナの希望」である子どもたちを守りたい。わたしたちはそれが専門で、それしかできないと考え行動しています。避難者のなかにはさまざまな年齢の子がいます。大学生くらいの年齢ならいろいろなことがわかるのでよく話を聞くのですが、本当に罪案感がひどいです。「自分だけこんな場所にいてごめんなさい」「自分だけ安全でごめんなさい」と。罪悪感はとても厄介な感情で、ずっと同じところをぐるぐるして、堂々巡りになるんです。この罪悪感をなんとかしたい、罪悪感を持たなくていいんだよということを子どもたちに伝えたいと思い、一生懸命にポケトークを使って伝えています。
母国語でしか言い表せない深い心情や洞察もポケトークで共有できる
――そういった心のケアは、ポケトークでどこまで実効性があると感じておられますか?
かなりシリアスな会話でも、伝わっていると感じています。ポケトークで話していると、子どもたちの表情がパッと明るくなることがあるんです。日本語がすこしできる子がいるのですが、彼女は通訳を入れたくなかったのです。人によっては通訳を挟みたくない、できるだけ他人を入れたくないものです。とはいえ、片言の日本語では心の深いところまで言い表せない。そこで、ポケトークの出番です。彼女の家は軍が占拠している地域で、もう家もあるかどうかわからないそうです。そんな彼女が、ポケトークで伝えてくれたのは、「戦争が終わったらあなたを自分の家に招待したい。まだ家がミサイルでやられず残っていたら、わたしの生まれた場所に来てね」と。もう「絶対行くね」とハグしました。
ポケトークは常にわかる場所に置いてあります。最初は、お互いにわかる範囲の英語と片言の日本語で会話するのですが、わたしが聞きたいポイント、相手が伝えたいポイントは非常に細かなニュアンスのものなので、そういう時にポケトークが役立ちます。そこに置いてあるポケトークを手に取り、わたしから話しかけることもありますし、相手に話してもらうこともあります。
――英語でニュアンスが通じなかった場面について、例えばどんなことがありましたか?
会話する言語が母国語以外の場合、言語で伝えあえるのは状況だけです。「なにを飲みますか?」「お茶をください」「熱いのと冷たいのはどっちがいいですか?」、これは状況説明です。こうした会話は英語や片言の日本語でも成立するでしょう。けれど、例えば彼女は家族と離れて住んでいるので、「一人でいる孤独についてはどう思いますか?」と心の奥底を聞きたいのだけれど、母国語以外ではちょっと聞けないのです。「How do you feel about loneliness?」と聞いても、わたしにとっても英語は母国語ではありませんから、深い問いかけができているかわからない。だったら、ポケトークを使い、わたしはわたしの母国語の日本語で「どんなふうに感じている?」と聞き、彼女は彼女の母国語のウクライナ語で「辛い、孤立、淋しい」と、ポケトークを通じて答えてもらうのがいいんです。彼女自身の心の中の洞察は、彼女の母国語でしか表せないものです。そこをポケトークが拾い上げてくれる。ポケトークを使わなかったら、「平気よ」「OKよ」と言われて終わるかもしれません。ウクライナの人は奥ゆかしい方が多いです。これがない、あれがない、これがほしいと自己主張をあまりしない。だからこそ、より深い交流が必要なのです。
――自分にフィットする言葉を探って母国語でしか見つからない場合、それをほかの国の人と共有するためにもポケトークが活きるのですね。
その通りです。彼女の孤独も「loneliness」では表現しきれないものだと思います。だから、彼女のほうからポケトークを手に取って母国語で吹き込んでくれました。ポケトークは「孤独」と翻訳していましたが、そこには、母国語で言いたかった彼女の心が反映されているわけです。ポケトークを通じたこのやり取りは非常に意義のあるものでした。
――心のケアに際して、ポケトークの語彙は十分ですか?
ほぼ問題ないと思います。もちろん、うまく翻訳されない場合もありますけれど、言い方を変えるなどして工夫すれば十分に意思疎通ができます。ここまでカウンセリングレベルで深く翻訳できるツールは、これまでなかったと思います。他の翻訳サービスなども試したことはありましたが、状況説明ならできるという程度でした。そこから先のほうが大切なのですが、深い洞察になればなるほどうまく翻訳できないという状況でした。
――今回、交流センターで導入される以前から、個人的にご自身でポケトークを愛用されていたと伺いました。
発売当初に購入して、バージョンアップごとに買い替えてきました。初号機から持っていて、何台あるかわからないくらいです(笑)。カウンセリングをするにも、ビジネスでも、普通の会話でも、そしてわたしたちにとってもお相手にとっても母国語は大事です。そう思うから手放せません。
ポケトークをフルスタンバイすることは日々のルーティン
――ウクライナ『心のケア』交流センターの運営体制などについて教えてください。
支援希望者の募集は、SNS上にあるウクライナ人コミュニティに呼び掛けてもらっていまして、東京・渋谷と大阪・梅田の2拠点で、在日ウクライナ人スタッフを通じて日本人スタッフが心のケアなどにあたっています。交流センターのスタッフはみんな、仕事の合間にお手伝いしているのですが、心のケアのスタッフは今後まだまだ増やしたいと考えています。
――ポケトークは何台を導入し、どのように運用されているのでしょうか?
ウクライナ人スタッフさんは常駐ではないので、その人がいなくても、だれでもいつでも対応できるよう、充電器につないでフルスタンバイしています。現在3台導入していますが、それぞれ➀、➁、③と番号を付け、いま➀を使っています、②は充電中です、③はだれだれが持っています、という形でスタッフ間で調整して運用しています。先日も、お子さんを連れたママさんがいらしたのですが、ウクライナ人スタッフの出勤日ではなかったので迷わずポケトークで対応しました。結果、「子どものおもちゃを取りに来ていいと言われたので見に来ました」とのことで、会話も見事に成立しました。ポケトークをいつでも使える状態にスタンバイさせることは、日々のルーティンになっています。
――こちらのボランティアには心理カウンセラーのプロではない人でも参加できるのですか?
常々わたしも申し上げていますが、ボランティアに一番大事なのは人間性、マインドです。気持ちを持って相手のお話が聞ける人であれば、資格の有無は関係ありません。ベースになるのは相手へのリスペクトです。専門家がやりがちなのは、支援してあげている、話を聞いてあげるからなんでも言ってという寄り添いのない視点。深い話であればあるほど人間性が大事ですから、心を大事にご協力いただける方を求めています。
――資格がなくても、言葉ができなくても、想いとポケトークがあれば支援できるのですね。
先ほども企業をリタイアされた方から「手伝えることはある?」とお電話をいただきました。案の定、「でも言葉はできないよ」と心配されるので、「大丈夫です、AI通訳機がありますから」とお伝えしました。さっそくご自分用のポケトークを購入したいので「おすすめの型番を教えて」とおっしゃっていました。ありがたいですね。こうしたボランティアのご相談があるたび、言葉ができないことは壁ではないことをお伝えしたくてポケトークのことをセットでご案内しています。また、ウクライナと取り立ててご縁はなくてもいいんです。大事なのは心とリスペクト。言葉はポケトークに頼ればいいし、少なくとも「子どもたちと遊ぶことはできるかな」と思っていただけるならばそれで十分です。特別なことをするわけではないです。もちろん、触れ合いの時間を通して、「最近子どもについて悩みがある」と打ち明けてくれ、カウンセリングに至るケースもあります。ただ、それだけが目的ではないんです。もっと手前の安心感、信頼関係を得てもらうためのサポートであり、ポケトークなんです。みんながみんな言葉にならないんです。とにかくここでリラックスして、癒されてほしい。そして、個別相談があればいつでも声をかけてください、と伝えています。
100人を越える動物園イベントもポケトークのおかげで大成功
――6月に東武動物公園で開催された「アニマルセラピー的心の休日」でも、ポケトークを活用いただいたそうですね。
東武動物公園に行くということで、100人を越える家族連れが来られました。もう、言葉のわからない異国で子どもが迷子になったらどうしよう、とおおわらわで50台ほどポケトークをお貸出しいただきました。開催前に、「ポケトークをどのように活用すればいいか」をスタッフ間で何度もミーティングしました。いろいろ議論をし、担当チーム制をとることにしたのですが、方法として3家族にボランティア一人が担当で付くチームにわけ、ボランティアにポケトークを持ってもらいました。もう、ポケトーク様様でした。ポケトークがあったからこそ、参加者100人越えの動物園でのイベントを、無事に乗り越えられました。
――学生ボランティアの方々がサポートされたそうですが、学生ボランティアの方もウクライナの方も、当日初めてポケトークを使うことになったかと思います。特に問題はありませんでしたか?
使い方というほどポケトークは難しくないので、すぐに使えていました。ウクライナの方々も最初はよくわからないようでも、ポケトークからウクライナ語が流れるとすぐ理解し、それからはお互いに問題なく活用していました。
――イベント後にボランティアの方からどんな感想が聞かれましたか?
イベントものは細かいことを伝えなければならないんですよね。何時にどこに集合とか、どこになにがあるとか。「five o’clock OK?」と言っても、通じていないことがしばしばです。そういう細かい連絡事項が、ポケトークのおかげで助かったとみんな言っていました。動物の説明もしていましたね。わたしもアメリカで実感しましたが、物の名前というのが案外とわからないんです。ライオンや象はわかるけど、「アザラシってなんだ?」とか。アザラシのお散歩(ふれあい動物パレード)がありまして、小さな子たちは大喜びなんですけど、親たちは「なぜここにアザラシがいるの?」とわからないんです。そこでポケトークで、「これはショーのようなもので、アザラシが散歩している様子を見て人と動物のコミュニケーションになるんですよ」と説明したら、なるほどと納得していました。こうした細かな疑問が解消されていくことが、安心感につながるんだと思います。コミュニケーションのボリュームは、安心感のボリュームに比例しますから、コミュニケーションを増やす、会話を増やすことが、安心と信頼になっていくんです。ウクライナの方々も、「初めてこんなにリラックスできた」、「子どもがこんなに笑ったのはこの国に来て初めて!」と、喜んでくれていました。
――ほかにポケトークがあってよかったと感じられた、具体的エピソードがあったらお願いします。
ほかにも食事会やアートワークショップなど、いろいろなイベントを実施していますが、すべてのイベントでポケトークが大活躍しています。ポケトークがなかったらできなかったことばかりといっても過言じゃないほどです。七夕の短冊にウクライナ語で書いてもらって、それをポケトークで翻訳したりもしました。イベントのほかにも、17歳の男の子がフットサルをしたいというので、ポケトーク持参でコートに行ったこともあります。また先日、「痛み止めの薬がほしい」という女性からの相談がありましたが、ポケトークで症状を伺い、これがいいだろうというものを買って差し上げたんです。喜んでもらえたのですが、「一回何錠? 1日何回? 何時間空ければいい?」と服用方法がわからないと言われ、慌ててさらにポケトークで説明しました。説明できて本当によかったと思います。外国で薬を買うのってなかなか勇気がいることですもんね。医者に行くほどではないけど、薬がほしいという方に、用法・用量を読んであげるだけでもとても安心されるんです。
――今後のポケトークに期待することはありますか?
ポケトークの機能ではないですが、使い方のスタイルとして期待したいのは、日本に入ってくる外国人とのコミュニケーションにポケトークをどんどん使ってもらいたいです。外国人に持ってもらう、日本サイドで持つ、どちらの方法でもポケトークをもっと身近に活用してはどうかと提案してもらって、日本にいる外国人とのコミュニケーションをもっと活性化する。今後の日本の将来を考えたとき、ますますその重要性が高まると思います。
――実際、アメリカ国内でポケトークの利用率が上がっていますが、アメリカはそもそも多国籍の方が混在するので、郵便局、病院などでポケトークが活きているそうです。
納得ですね。日本でもそうした流れになってくれたらよいなと思います。
●よく使うフレーズ
「今日の調子はどうですか?」